ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家は、建物も魅力的!

ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家は、画家のディエゴ リベラ・フリーダ カーロ夫妻が、自宅兼アトリエとした場所です。

カラフルな2棟からなる住宅は、フリーダ カーロ博物館に比べると訪れる人が少なめですが、建築に興味がある方ならば、ぜひ訪れたいスポットです。

フリーダ カーロについて

フリーダ

夫・ディエゴ リベラのほうが、年上で、生きている当時は有名であったと思います。しかし、現在、世界的により芸術家として知られているのは、妻のフリーダ カーロです。

フリーダ カーロは、1907年、メキシコシティのコヨアカン地区でドイツ人の父とメキシコ人の母のもと、4人姉妹の3女として誕生。一家は、現在はフリーダ カーロ博物館となっている青い家で暮らしていました。

学業優秀だったフリーダ カーロですが、小児麻痺があったため、同級生から、からかわれたりしたこともあったようです。

15歳の時、女子学生の割合が非常に少ない、難関校・国立予科高等学校に入学。

16歳の時、9人組グループ・カチュチャスの仲間だった、のちに弁護士・ジャーナリストとなるアレハンドロ・ゴメス・アリアスと恋人同士になります。

この頃、カチュチャスのメンバーは、学校の講堂で壁画を描いていたディエゴ リベラの様子を見に行ったり、からかったりもしていたようです。

18歳の時、アレハンドロ・ゴメス・アリアスと一緒に乗っていたバスが事故にあい、フリーダ カーロは重傷に。
生前の手術は30回以上に及び、ギブスやコルセットを常にはめていなければならない生活を送ることになりました。フリーダ カーロ博物館には、フリーダ カーロがはめていたギブスに描いた絵も残されています。

フリーダ

無傷だったアレハンドロ・ゴメス・アリアスは、フリーダ カーロのもとを去りますが、フリーダ カーロは彼に手紙を出すことを、生きる励みにしていました。

その後、父のすすめで絵を描きだしたフリーダ カーロ。寝たきりだったフリーダ カーロのベッドの天蓋に鏡を母がつけたことで、アレハンドロ・ゴメス・アリアスのために自画像を描きはじめます。

1928年、歩けるようになり、ディエゴ リベラに絵に関する助言を受けに行ったことがきっかけとなり、翌年、ディエゴ リベラと結婚。ディエゴ リベラは3回目の結婚で、年の差は20歳でした。

ディエゴ リベラは浮気癖があり、妹のクリスティナとも関係を持ちました。フリーダ カーロは事故の後遺症で子供が産めないこともあり、心に傷を負います。その感情を芸術家として絵に昇華させると共に、自らも芸術家・イサム ノグチや革命家・トロツキーと浮気をすることに。

ニコラス・ムライとは本気になり、離婚のきっかけにもなりました。しかし、離婚の翌年、ディエゴ リベラと再婚。1954年、47歳で亡くなります。

ディエゴ リベラは、フリーダ カーロの死後、フリーダ カーロのアトリエとして使われていた青い家を、メキシコ市に寄贈。1957年、ディエゴ リベラは亡くなり、1958年、青い家はフリーダ カーロ博物館としてオープンします。

フリーダ カーロの作品を見るならば、ドローレス・オルメド・パティニョ美術館もおすすめします。作品が貸し出し中のこともあるので、webページで事前にチェックしてから出かけてみてください。

フアン・オゴルマンについて

フアン・オゴルマンは1905年生まれ。メキシコシティのコヨアカン地区に、アイルランド人の画家である父のもと生まれました。父の影響で絵を描いていましたが、メキシコ国立自治大学で建築を専攻します。

最初のうちはル・コルビュジェに影響を受けた建物を造っていました。その時期の代表作が、ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家です。

1930年代半ばに壁画家として活躍するようになり、メキシコシティ空港の壁画を手がけます。

1950年代、建築の世界に戻ってきたフアン・オゴルマンは、彼の代表作であるメキシコ国立自治大学図書館のモザイク壁画を完成。また、洞窟のような自宅も造ります。ディエゴ リベラが私費を投じた・アナワカリ博物館も、フアン・オゴルマンの手によるものです。

1960-70年代には、チャプルテペック城にある国立歴史博物館の壁画も制作し、1982年に亡くなります。

メキシコシティに残っている、オゴルマンが初期に造った家は、現在、Airbnb経由で宿泊することができますよ。

ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家について

フリーダ・ディエゴ

ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家は、1931年、ディエゴ リベラが26歳だったフアン・オゴルマンに依頼し、1932年、完成しました。ディエゴ リベラがフアン・オゴルマンに依頼しようと思ったきっかけは、彼が1929年に完成させた自宅を見たことです。

ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家は、カラフルな四角い2つの建物、という印象が強いのですが、ル・コルビュジェの影響が強く感じられる建物です。

この建物は、パリでル・コルビュジェが建てた、画家・オザンファンのアトリエを参考にして建てられました。オザンファンはル・コルビュジェと共同で雑誌を発刊していたそうです。

オザンファンのアトリエには、のこぎり屋根やらせん状の外階段など、ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家の要素が多く含まれています。建物のカラーリングは、世界遺産に選ばれたペサックの集合住宅にもちょっと似ているようです。でも、メキシコらしく赤や青など、よりカラフルな色が使われています。

北向きの大きな窓とのこぎり屋根のでこぼこが特徴的なディエゴ リベラのアトリエ。巨大なはりぼてのような、オーバーオールを着た人形も目にとまります。他にも、
ディエゴ リベラのコレクションがいっぱい飾られていますよ。

アトリエは2フロアが吹き抜けになっていて、ディエゴ リベラが大作を描くのにも便利なサイズになっています。

フリーダ カーロの家は、ディエゴ リベラの家よりも小さいサイズで、2つの家は橋のような通路でつながっています。入口はそれぞれの家についているため、プライベートも保てるようになっていました。

コヨアカンのフリーダ カーロ博物館からサンアンヘルにあるディエゴ リベラとフリーダ カーロの家まで、約30-40分離れているのですが、わたしは歩いて訪問しました。

コヨアカンもサンアンヘルも、メキシコシティの中ではおしゃれな高級住宅地で雰囲気が良かったです。タクシーで移動するのもありですが、時間があったら散歩がてら移動するのも良いですよ。

ディエゴ リベラとフリーダ カーロの家の近くには、“futon”という看板がかかった店やミニショッピングセンターもありました。カラフルな町並みやウィンドショッピングも楽しむことができます。そういえば、アナワカリ博物館のそばには”kumon”の看板もありましたよ。
(2006年10月時点の情報です)

【参考文献】
「地球の歩き方 2015-16 メキシコ」
「世界の建築・町並みガイド6 アメリカ・カナダ・メキシコ」
「フリーダ・カーロのざわめき」

【画像】
https://pixabay.com/